★グルジア紛争①~勃発~ | 手のひらの中のアジア

★グルジア紛争①~勃発~

グルジア トビリシの街

体の芯にまでズドンと震動が伝わるほどの大きな爆発音が、グルジアの首都トビリシの街に響き渡った。


新市街の外れを歩いていた僕は一瞬びくリとして立ち止まったが、その時にはそれが何なのか確かなことはわからなかった。


トビリシ市街を見渡すのに絶好の場所であるナリカラ城塞跡を訪れていた日本人旅行者の男性が、同じ時間帯、爆発音とほぼ同時に少し遠くで噴煙が上がるのを目撃したと言った。後にテレビで、10日、ロシア軍によってグルジアの首都トビリシの空軍施設及び国際空港近郊が爆撃されたとのニュースが報じられた。


僕が聞いた音、彼が目撃した噴煙など、日時、場所ともにだいたい合致する。


「我々はロシアと戦争をしている」


グルジアのサーカシビリ大統領が少し前のテレビ演説でそう述べた。


―戦争・・・・・・。


戦後30年以上が経って生まれ、その後の30年弱、これまでの人生のほぼすべてをそれこそ平和といっていい日本で過ごしてきた僕は、戦争を知らない。世界各地で今も絶え間なく続く紛争・テロの類も、いつだって画面の向こうのどこか遠い国の出来事でしかなかった。


しかし、2008年8月8日、北京オリンピック開催と同時に勃発した南オセチアをめぐるグルジアとロシアの武力衝突は、僕にとってもはやどこか遠い国の出来事などではなかった。遠い国どころか、それは今まさに自分が滞在している国で起きた出来事だったのだから。


新たな「世界の火薬庫」とまで呼ばれるコーカサス地方。南オセチアをめぐるロシアとグルジアのここ最近の緊迫した情勢についてある程度は情報が入っていたけれど、このタイミングでこれほど大規模な武力衝突が勃発するとは予想だにしていなかった。


「グルジアのサーカシビリ大統領は、北京オリンピック開会式当日なら南オセチアに軍事進攻してもさほど大事には至らないだろうと判断したのではないか」


そんな専門家の推論さえなされる中、仮に大統領の判断が事実そうだったとして、ならばなおさら北京オリンピック開催と同時にこんな事態に巻き込まれることを僕などが予測できるはずもない。ましてや「オリンピック停戦」と呼ばれる暗黙の了解とやらを完全に無視した前代未聞の出来事だというのだから。


ほとんどのグルジア国民がおそらくそうであったように、僕もまた否応無くその国家間の争いの渦へと巻き込まれていった。


グルジア トビリシの旧市街

恐怖や焦りといったものはなかった。あくまで冷静だった、と思う。

いわゆる平和ボケした日本人的感受性の鈍さによる部分もあったかもしれないけれど。


大々的にニュースが報道された後も、トビリシの街に住む人々は普段とさして変わらないように見えた。8日以降も毎日、トビリシ駅前の野菜市場は早朝から元気な掛け声が飛び交い賑わいを見せていたし、「マツォニ~、マツォニ~」と叫ぶヨーグルト売りのおばさんの鼻にかかった甲高い声はいつもと同じように部屋の窓の外から僕の耳に飛びこんできた。家の前の道端に座り込んでアイスクリームに夢中の少年少女。テレビチャンネルを北京オリンピックに合わせ、のほほんと店番をしているマガズィン(商店)の旦那。市の中心部で開かれる数万人単位の集会、反戦を訴え平和を願いそこに集う多くの人々がいる一方で、これまでの日常となんら変わらない人々の光景が目の前にある。


話をする人の中には、ロシアを悪く言う人もいれば、そもそも大統領(サーカシビリ)が駄目なのだと言う人もいる。とにかくアメリカが何とかしてくれると思っている人もいれば、武力衝突を嘆きながらもこの事態にさほど関心がない人さえもいる。人それぞれとはいえ、どことなくグルジアの一体感の無さを感じてしまうのもまた事実だった。


テレビでは相変わらずロシアの非道ぶりが強調され、爆撃を受けたグルジア側の町や人々の凄惨な光景が多く映し出されていた。グルジア軍が攻撃した南オセチア側の町や大量の死者についてなど、このような状況下で自国が不利になるような情報は国民に向けて流せないのかもしれないが、明らかに自分たちの都合の悪い部分を伏せた報道は、客観的に事態を把握したい僕のような第3者にとってはいささか偏りすぎに受け取れる。


仮にロシアの非道ぶりは非難されて然るべきだとして、グルジアのサーカシビリ大統領が見せる強気な言動もまた、背後に欧米の協力があるとはいえ、それをちょっと過信しすぎのように感じる。実際に見てなんとなく感じてしまう人々の一体感の無さと、国内的にも求心力を回復させたいサーカシビリ大統領の強気な言動というのは、まったく無関係ではない気がする。


NATO加盟と領土の統一回復を目指す親欧米のグルジアと、それを阻止し勢力圏の再拡張を目論むロシア。本音と建前の見え隠れする双方の駆け引き。原油利権をめぐる欧米とロシアの争い。グルジアからの分離(北オセチア(ロシア)との統合)を望む南オセチア、同様に独立承認を求めるアブハジア。そして巻き込まれる多くの罪無き人々。


それぞれの思いが交錯する中、ロシア軍とグルジア軍の戦闘は激化の一途を辿っていった。


グルジア トビリシの街