手のひらの中のアジア -96ページ目

⑨香港ドラゴン航空 361便 15:30発

いよいよ旅立ちの日がやってきた。


どんな気持ちでこの日を迎えるのだろうと思っていたけれど、当日の朝はことのほか冷静だった。


成田空港での見送りには、大学時代からの親友トモユキが来てくれた。今は一丁前に社会人をやっているが、彼もかつては旅人だった。


見送りに行くと言ってくれた友達はたくさんいたけれど、僕はどちらかというと一人でさらっと旅立ちをしたかった。よけいに淋しくなるのが嫌だったし、何よりこれからやろうとしていることが恐くなりそうだった。だからあえて平日を選んだし、半分くらいの友人には詳細も知らせなかった。


そんななか、当たり前のように来てくれたのがトモユキだった。時間の都合がついたというのもあるけれど、彼に見送られることはとても自然に思えた。何よりも気を使わず楽だった。


もう一人、見送りに来てくれたのは、同じく学生時代からの友人であるアツコ。八王子方面に住む彼女は遠路はるばるここまで足を運んでくれた。


「来たよ。いよいよだねぇ」


彼女のそんな一言に、出発前の漠然とした不安な気持ちは一掃され、穏やかな気分になった。


出発ゲートに向かうまでの三、四十分、空港内のレストランで最後の食事を採ることにした。食事といっても僕が選んだのはイチゴショートケーキセット。もうちょっと日本的なものを、とも思ったし二人にも「最後にそれかよ」と笑われたけれど、和やかな空気に包まれながら残りわずかな時間を楽しんだ。


「これ持ってけよ」


そう言ってトモユキがくれたのは、旅人として様々な場所を訪れてきた彼が旅で愛用していたブーツの「靴紐」だった。少しほつれ、茶色く変色しかかっていたそれはずっしりと重たい。彼は僕以上にこの旅の意味をわかっている、そんなふうに感じられた。


アツコからは「高幡不動尊」のお守りをもらった。僕が学生時代を過ごした思い出深き場所、高幡不動。その因果な繋がりが、より僕の気持ちを引き締めてくれた。


二人の気持ちをあらためて噛み締めると共に、前日当日とメールや電話で「いってらっしゃい」「いってこいよ」とメッセージをくれたみんなのことを思い、こんなにも素敵な人たちに囲まれている自分をとても幸せに思った。


十四時四十分。二人に見送られ、ゲート前に立つ。


「じゃ、いってくるわ」


「おう、がんばれよ」


「気をつけてね、元気で」


僕はすぐに背を向けて、足早にゲートへ向かった。


―ほんとにありがとう、行ってくるよ


なんだかちょっと涙しそうになる気持ちをこらえながら、そう心で呟いた。


香港ドラゴン航空 361便 15:30発 香港行


僕の旅は始まった。



★書籍『手のひらの中のアジア』の目次紹介



友人結婚式当日

例の友人結婚式当日。

それにしても結婚式というのはどうしてこうも幸せな気持ちになるのだろう。新郎新婦が入場してきたのっけから、涙がこぼれそうになった。涙もろすぎかな…。純粋に心の底から嬉しかった。それぞれの両親、親戚の方々、各時代の友人達、たくさんの人達とのいろんな出来事や、いろんな思い、それらが一つ一つ繋がってこの一つの結婚式になっているんだなぁ、と。

新郎の名は「ぶんご」。顔は少々日本人離れしたラテン系の匂いがぷんぷんとするのだが。根は優しく真面目なやつだ。何よりもこのぶんごも旅好き仲間である。彼もまた様々な国を旅してきた。この結婚によって、長期で旅に出ることは難しくなり、寂しい気持ちもあるだろうが、それを補ってなお余りある幸せを手に入れたのだから幸せだ。旅先のどこかで会いたかったものだが、難しいかな。。

新婦の名は「みちよ」。なんともお人形さんのような姿がかわいらしく、綺麗だった。こんな嫁さんいいよなぁ、と世の男性陣なら誰でも思うであろう程文句なしの女性だ。頭もきれる。サイドブレーキを引きながら高速道路を走行し、「スピードでない…」とアクセルを踏むも、車の後方から真っ黒な噴煙がもくもくとあがりだしてようやく気づくという天然ぶりもあるが。それがまたいいのだ。

そんな二人から僕宛のメッセージを結婚式会場の席に置かれたカードで受け取った。みちよは「出発前にありがとう。世界中の楽しいエピソード待ってます。日本中だったのがいつのまにか世界中が遊び場になったんだね。」といってくれた。この表現が自分のことをよくわかってくれているよき理解者であるようで、嬉しかった。

この二人とは、今後とも長い付き合いになる気がする。
本当におめでとう!!お幸せに!!

友人の結婚

もうすぐ友人が結婚する。
新郎、新婦ともに学生時代から親しい仲間だった二人だ。

昨年の秋、久しぶりに電話がかかってきた。
新郎の彼氏の「話があるから会えないか」というその一言ですぐに察しがついた。あえてその場では追求しなかったが、会ってから話を聞けばやはりその通りだった。1月に式を挙げる、と。

何年か前に付き合い始める時も、その時は新婦の方だったが「好きな人がいるんだ」の一言で察しがついたのを覚えている。その相手が「え?自分・・?」などとちょっと夢見た瞬間もないわけではないが・・(-_-;)ドラマみたいに「好きな人って・・あなただよ」なんてことはここではありえない話だった_| ̄|○ まぁ、あいつだろうという顔はすぐに浮かんだから、案の定その通りだったのだが。

いずれにせよ、そのようにすぐ察しのつくほどに僕にとって彼らはお似合いの二人でもあり、大切な仲間でもあった。そんな仲間に直接会って報告されては、おめでとうだけで済ますわけにも当然いかないわけで。。当初、僕の旅立ちは彼らの結婚式予定日より前だったのだが、出発を後ろにずらしたのだ。

ずらしたはいいが、今度は披露宴での余興という壁が立ちはだかった。
これが意外と大変で忙しいのだ。今日は練習と余興ネタ作りのため、友人達と集まった。午前11時から始まり終電ぎりぎりの深夜0時まで熱心な打ち合わせは続いた・・というのは嘘で、ほとんど飲んでいたのだが、まぁそれでもある程度形はできた。

それにしても自分の旅の準備も未だ未完成なのに、こういう時にも半日や1日がかりでネタを考える自分がいるのはどういうものか・・・・そういうことは嫌いではないのだ、ということか。
社会人になるとなかなか学生時代の友人達とも会う頻度が減るので寂しいものだ。こういった仲間の結婚式などが、皆で久々に集まって楽しむ貴重な時間にさえなる。だから今回もそういう時間を楽しんだりしているのだ。

そうは言っても、自分の準備もしなくては。。







新旧交代

旅の出発まで2週間をきっている・・。

そろそろ準備も最終段階に、と思っていたのだが。すんなりとはいかなかった。これまで僕と共に旅をしてきた道具達にガタがきていたのだ。
まさか・・とは思いつつもよく考えれば仕方ないことだったかもしれない。社会人になってからは旅に連れ出す時間もなく、ずっと押し入れの中で眠っていたのだ。愛用していたテントやシュラフ達。

今回ガタがきたものは、確か10年近く前に手に入れたものだ。昔から比較的、物は大事に使う方だったが、10年といえば結構な月日だ。日常の慌しさの中で旅に出ることも減り、実際にあまり使わなくなってから3,4年くらいか。このブランクは大きかったのだろう。これから長期で続く旅に耐えうる力はもはや持っていなかった。

学生の頃は、一人旅の時は自転車だった。日本中をかけ抜けたその旅で使用していた愛車もやはりガタがきて、今度の海外遠征には持ち応えられないので数ヶ月前に新しいものに買い換えていた。

あの頃、僕と共に旅してきた、旅を支えてきてくれた物達を今度の旅に連れていけないことは少しばかりさみしい気持ちと心苦しい思いがあったが、諦めるしかなかった。

新しいテントを購入した。僕の家にもなる大事な品物だ。シュラフは少し検討中だ。なんとか直せるかもしれないという考えもあるので新しいものを買うのは今はひかえた。しかしいずれにせよ長くは持たない・・。その他細かい道具も新しいものをいくつか揃えた。
こいつらがこれから始まる新しい旅を共にするニューフェイス達。

古くなった物達にさよならを告げる。
新たな物達を取り出し、バッグに入れる。
一緒にがんばろうぜ、と気持ちを吹きこみながら。

新旧交代の時である。

コーヒーとベンチ

朝の散歩というものをしてみた。

朝、ドアを開け1歩外に出ると、ひんやりと冷たい風が身に染みこんできた。
が、清々しかった。気持ちも自然と引き締まる。
朝、散歩に出るなんて、もう何年もしていない。ましてや社会人となり忙しい毎日の中ではそんな余裕さえもなかった。

近くにあるコンビ二で暖かい缶コーヒーを買った。両手にころがしたり頬にあてたりしてその暖かさをかみしめながら再び歩き始めた。冬の晴れ空の下、住み慣れた街、街路樹の道を歩いていると、朝日が射しこんできた。その眩しさに一瞬思わず顔をしかめ、目を伏せた。ゆっくりと顔を上げ、少し先に目をやると、遠くのベンチが朝日を浴びてきらめいて見えた。なんともいえず神秘的な気分になった。

ベンチに座りコーヒーを飲みながら、しばらくの間、僕はそのゆっくりと流れる時間に浸っていた。

なにげない朝のなにげない一瞬。ちょっとした感動。こんなことで喜べる自分が少し嬉しかった。忘れていた。抱えていたものを捨てて、中身をからっぽにした、何も持たない今の自分であるがゆえのことだろうか。

いつどんな時でも、心の余裕は忘れずに持っていたいものだ。

はあぁぁっ・・。
ゆっくりと吐く息は、曇りなく透き通った雲のように真っ白だった。